アパートの住人

快適なドライブを

☆写真は、スイスのグリンデルワルドの近くから乗ったロープウェーについていた小さなゴミ箱。英語で「Good Journey」、イタリア語で「Buon viaggio」、そして日本語で「快適なドライブを」と書いてあった。こういう微妙な誤訳は時々ある。笑えた。


今住んでいるアパートには色々な国籍の人が住んでいる。
私の部屋がある4階を見ると、隣の部屋にはキプロス人の女の子とのボーイフレンド、廊下の反対側にはイタリア人とインド人のカップル、別の部屋には東欧出身の若い女医さん。別のフロアには中東からの家族。もちろんイギリス人もいるが、比較的年配の人が多い。私が入居してからこれまでは、2つの棟全体を見ても日本人は私ひとりだった。
それが先月、2フロア下くらいの部屋に、日本人夫婦が入居してきたらしい。
直接挨拶したことはない。ただ、今思うとあれが旦那さんのほうかな、という男性が管理人室の近くに立っているところに出くわし、「Hi」と挨拶したことはあった。
なぜ夫婦だとか2フロアくらい下だとかいうことが推察できるかというと、私の部屋の半分が面している中庭(庭、というよりは、部屋の窓だけが並ぶ吹き抜けの何もない空間。本当の中庭とは反対側にある)から、彼らの声が聞こえてくるからだ。それもかなりはっきりと。もともとコンクリートと壁だけの空間だから、音は意外とよく反響する。こだましすぎてどこの家から発生しているのかわからないことがほとんどだが、特に窓を開ける夏場は。
こんなによく聞こえるということは、よっぽど大声で話す人たちなのか、窓をいつも全開にしているのか。例えばお皿を洗いながら何かしゃべっている声(お皿のカチャカチャという音まで聞こえる)、来客があったらしく「あら〜ようこそ〜」等の1オクターブ高くなっている感じの声。それも奥さんらしき女性の声がいちばん大きいのだが、日本語なだけに余計はっきりと聞き取れてしまって、実は少々興ざめだ。
音といえば、このアパートはけっこう古い建物だからだろうか、実は壁や床がそんなに厚くなかったりする。
隣のキプロス人の女の子は音楽大学に通っていて、時々発声練習やピアノの練習をしている。極端に聞き苦しいわけではないし、私だって昔はピアノを習っていたもの、頑張れよー若者ー、と思ってあまり目くじらを立てるつもりもなかったが、一度夜中の1時くらいにそれをやられた時はさすがに「勘弁してよ…」だった。
彼女とは時々朝の出勤(通勤)時間が一緒になる。一度、エレベーターに乗る間軽くおしゃべりをした時に、
「そういえば、よく練習してるね」と言うと
「ウソ、聞こえる?うるさかった?」
「ううん、大丈夫よ。深夜じゃなければね。ここ、壁が薄いよね。」
と遠まわしに釘を刺した私。
すると彼女は
「あ、じゃあもしかして、いつもシンプリーレッドをかけてるのはあなた!?」と言う。
はぁ?シンプリーレッド?
私じゃないって。
「いいえ、私はシンプリーレッドは聞かないわ。別の部屋じゃないかしら」
「え〜、そうなんだ〜」

隣の彼女はまだかわいいほうだ。階上の住人のほうが始末が悪い。
まず、床がフローリングらしい。よって、足音、何やら家具をひきずる音がけっこう響く。おまけに超夜型らしく、1時2時でもお構いなし。もう慣れたけれど。それから時々ものすごい音量で音楽をかける。ロック系が多い。最近は夏でどこかへ行っているのかひっそりしているが、去年のクリスマスの頃はスゴかった。もしかして、私の部屋に隠しスピーカーがある?と思うほど、本当に自分の部屋でかけているかのように、細部まではっきりと聞き取れた。たまたまクリスマスらしいきれいなクラシック音楽だったから良かったけれど、あの時は意を決して階上に上がり、その部屋の前に立ち尽くした。ところが階下と違って部屋の前に立つとほとんど音が聞こえず、勇気を出しきれない私は何もせずに帰ってきてしまった・・・
今年の春は、その部屋で何やら内装工事をしていた。毎朝8時頃から作業が始まる。一度は職人同士が大喧嘩をしている声も聞こえてきた。もしかして、音楽ガンガン家族が引っ越して、次の住人を迎えるための内装工事してるのかなぁ、だったらこの工事も我慢してもいいぞ、ついでにフローリングをカーペットにしてくれたらもっといいなぁ、などと思ったのだが、管理人に聞いたところでは、持ち主は工事が終わるまで別の場所に引っ越したとのこと。つまり、住む人はこれからも変わらないということだ。残念。工事が終わり、住人が戻ってくると、前と同じようにコツコツ、ズルズル音が。フローリングもそのままだったらしい。

しかし他人の部屋からの音がこう聞こえるということは、自分でもそういう迷惑音を発生しているのではないかと不安になる。床にはどう頑張って歩いても軋むスポットがあるし、テレビも音楽もなんとなく音を小さめにしてしまう。歌を唄いたくてもつい声を出しすぎないようにしてしまう自分がちょっと情けない。ま、唄わなくてもいいんですけどね。