花束から木へ

flowers in Russell Square

オフィスのまん前にあるラッセル・スクエアの芝生の一角には、7・7以降、献花の場所ができていた。真ん中には立派なアレンジメントがあったが、その周囲の花束は自然発生的に増えていっていた。いつ通っても、花束や花に添えられたメッセージを静かに見入る人が絶えなかった。犠牲者も通りがかる生きている我々もが癒される、祈りと慰めの空間になっていた。花々の間に小さなイギリスの国旗が数本あったのも印象的だった。こういう場所が日本にできたとして、日の丸が飾られることは想像しづらいように思ったのは私だけだろうか。
その数々の花束や国旗が今日撤収された。そこで初めて、花束の群れを囲むように芝生が薄くなっていることに気づいた。どれだけの数の人が花の周りを歩き、この道ができたのだろう。
そして花束の代わりに、1本の木が植樹されたようだ。誰のアイデアなのだろう。涼しいとはいえ数日もすれば枯れてしまう花ではなく、根をはり枝を伸ばして成長し、周囲の環境に溶け込み、それでいて人々に事件の記憶を喚起しつづける存在として、石などで作る記念碑よりも良い選択ではないかと思う。

ロンドン大学Berkbeck Collegeのニコラ・リスクーティン先生とランチをご一緒した。ニコラ先生は今年5月、基金のフェローとして3週間訪日されており、バークベックの日本研究をほとんどひとりで引っ張って行っているパワフルな女性だ。日本のカルチュラル・スタディーズについて研究されている、イギリスでは稀有な存在でもある。戦争の記憶装置としての平和資料館のこと、カルチュラル・スタディーズの動向など、気がつけば2時間半もしゃべっていた。5月の訪日で縁ができた、毛利嘉孝先生や岩渕功一先生を来年3月に招待する予定だそうで、その時に何か一緒に面白いことをしようという話もした。日本のカルチュラル・スタディーズ関係者とその動向は、アジアセンター時代にいくつかの助成案件を通じて知る機会を得たが、特にアジア域内でのこの分野の研究者の交流はかなり密であり、とても興味深い有機的な関係を作っていると思う。それをイギリスに紹介する機会にできたら私もうれしい。

夜は、Blueprintの不破さんなどと韓国料理のお店「アラン」(アリランではないのです)で美味しいごはんの会。不破さんとは食事に行きましょうと言い続けて半年以上、今日やっと約束が実現できた。今日のメンバーは女性が5人。同年代の独身女性だけが集まると、独特の連帯感(?)があって楽しいんですよね。

☆写真は、7月15日に撮影したラッセル・スクエアの献花場所の光景。