Soho Japanにて

今晩、Soho Japanにて開催された「音楽の夕べ」に出席した。本当はもっと違うタイトルなはずなのだがあいにく覚えていない。とにかく、イギリス在住の執筆家・多胡吉郎さんを講師として開かれる読書会の一環のイベントである。2月から3月にかけての毎週火曜夜は、文学と音楽との関わりをテーマに、様々な音楽を交えて多胡さんの軽妙かつ知識あふれるお話をお聞きする会であったが、仕事で時間が取られてしまうこの時期、今日の最終回だけに参加することができた。
今日のテーマは『戦争と音楽』。幕開けはシューマンの歌曲『二人の擲弾兵』を多胡さんの伴奏で榎本明子さんが歌う。終わりのほうで『ラ・マルセイエーズ』のメロディーが入っているのが興味深い。
続いて、流浪のバイオリニスト、シモン・ゴールドベルクに関するNHKドキュメンタリーを鑑賞。ユダヤポーランド人のゴールドベルクは10代でベルリン交響楽団コンサートマスターとなるが、ヒトラーの台頭によりイギリスへ逃れる。ピアニストのリリー・クラウスとともに「新即物主義」とよばれる手法でバッハを再表現し人気を博した。多胡さんはここで、「新即物主義」的奏法と、それまで主流だったロマンチックでゆったりとした奏法とを、バッハのソナチネを弾いて比べてくださった。アップテンポでシャープな印象の前者を聞いて、私が子供の頃習ったソナチネはこっちの方だったんだ!と発見。なんで後者じゃなかったんだろう・・・。ゴールドベルクは太平洋戦争開戦直前の日本にも演奏旅行に来ている。その後、蘭領だったジャワを経てオーストラリアへ演奏旅行を続けるはずだったが、ジャワに進駐しあっという間に占領した日本軍に抑留されることとなる。この民間人向け収容所で、年に1度だけ楽器を与えられ、彼を含め何人かの音楽家が演奏会を開催されることを許されたという。その時同じ収容所にいた男性は当時を振り返り、音楽のまったくない、厳しい抑留生活の中で、その音楽がいかに感動的であったかを語っていた。
ドキュメンタリーはゴールドベルク氏が晩年日本人と再婚し日本で生涯を終えるところまでを描いた、なかなかひきつけられる作品であった。
もうひとつテレビのドキュメンタリーの抜粋を鑑賞。今度はBBCの番組で「アウシュビッツと音楽」。この番組は私も以前見てとても強烈な印象を受けた。生存者の証言の断片を音に乗せる現代的な弦楽三重奏を、犠牲者の生前の写真が壁一面に飾られた博物館の部屋で演奏する場面から始まる。そして生き残った音楽家たちの証言。アウシュビッツに収容されたユダヤ人の中には音楽家も少なからずいたが、彼らはオーケストラで演奏して生きながらえる代わりに、次々に亡くなってゆく同胞を見送る苦渋というジレンマに苛まれることとなった。収容者を乗せた汽車が到着する場所では優雅な音楽を、強制労働へ行進する時は行進曲を、とにかく命令のとおりに演奏するしか生きる道はない。ところが行進させられる同胞からは「苦労を知らない優遇された奴ら」という目を向けられる。想像を超えるつらさであると思う。ひとりの生存者は「アウシュビッツでは、音楽も虐待された」と表現していた。番組の最後は、バッハの『シャコンヌ』を収容所跡地で演奏するシーン。ひとりのバイオリニストが演奏をしながら、建物の廊下や線路跡をゆっくりと歩いてゆく。まるで周囲を浄化しながら進んでいるかのようだった。
そして最後に、再び榎本さんによるヒューゴ・ウォルフの『祈り』を聞いて、今日の会は終了した。
選曲も秀逸。ワインとおつまみでくつろぎながら、色々なことに思いをめぐらし、学ぶことができる、とても良い時間だった。